手当たり次第に落ち葉をかき集めて、千空に指示された場所へと運ぶ。焚き火してさつま芋でも焼くなら良かったけれど季節は春だし、私たちがこれからするのは紛うことなき野宿である。

「……ッ、ごめん千空やっぱ痛い」
「ちーと腫れてきたか?ま、こんだけ集まりゃ充分だ」

日の入りくらいには目的地に着くはずだった。しかし通る予定の道が土砂崩れで使えなかったり足を滑らせた私が怪我をしたりと、アクシデントが重なった結果がこれである。
小さい時からお前はロクなことをしないと周りから散々言われてきたが、まさか3700年後もやらかしてしまうとは。

「その足次第にしても動くのはとにかく明るくなってからだ。取り敢えず食うモン食って寝んぞ」
「ん、千空はそうしな。火は私が見張るから」

役に立たないのも、夜に眠れないのも昔からだ。
誰かが探しに来てくれるならその方が助かるけど、暗い山道が危険なのは皆一緒だ。下手に動けば事態が悪化することくらいは分かる。
夜通しぼーっと火を眺めるくらいなら私にでもできるだろう。多分。

「休息が必要なのは怪我人のテメーだろうが」

足の怪我が一晩寝て治るなら、無理にでも休めるなら、苦労なんてしない。そもそもしっかり眠れていれば、道の脇から滑り落ちるなんてこともなかったかも。今更言っても仕方のないことだ。それに、千空がそういう意味で言ってるんじゃないのも一応理解しているつもりだった。

「……努力はする」

必要最低限で持って来ていたパンは潰れていたけど品質に問題はなく、普通に食べることができた。


食休みにもそろそろ飽きて、私と千空は焚き火を眺めながら時折雑談をして過ごしていた。
負傷した足はその場しのぎの応急手当をして、一旦は様子見である。このままだと明日も引き続き足手まといになる可能性が高い。
一日中部屋にいても放っておかれていた頃とは状況が違いすぎる。せめて何かをしていなければ、成さなければ。そうでなければ、私は……。ここに来てからはずっとそんなことばかり考えて夜を明かしている。

「千空って復活してから半年くらい一人で野宿してたんだっけ」
「野宿は途中までな、流石に屋根は作ったわ。木の上にな」
「秘密基地じゃん」

日中歩き通したせいか千空にも疲労の色が見える。もう横になればと私が言う前に、彼は集めておいた落ち葉の上に転がった。
ちなみに私のベッドはその隣、少しだけ離れた所に作ってある。使わないと思っていたが、千空の視線が「早く寝ろ」と言うので従うことにした。
杠に頼んで作ってもらったフード付きの上着がなかなか役に立つ。カサカサと落ち葉が擦れる音を布越しに聞きながら目を閉じた。

「…………寒いな」
「そうか?」

日中は暖かくても夜は気温が下がる。千空の方が火に近いが、場所を代わってもらった所であまり変わらない気もする。もっと、潜り込めるくらいに落ち葉を拾っておけば良かった。どうせ眠れやしないと高を括っていたけど、これでは別の意味で眠りかねない。

「どこ行くんだ」
「や、火の近くに行こうかと……なに」

千空が咎めるような顔で起き上がった私を見てくるので、思わず睨み付けてしまった。
千空も眉間に皺を寄せたまま私を睨み返してくる。しばらく無言でそうしていると、彼は盛大にため息をついた。

「冷えんならこっち来い。一晩中ガサゴソされたらうるさくてこっちも眠れねえ」
「正気?」
「合理的な意見を述べてる」

眠すぎて頭がおかしくなったのだろうか。あの千空の口からそんな言葉が出てくるとは。

「お互い暖取るならそれが一番効率的だろうが」
「はぁ、千空も実は寒いってわけね」
「俺は一秒でも早く静かに休みてえだけだ」
「……じゃあそうする。今更無理とか言っても知らないから」

言われたとおりに私の下の落ち葉を動かして、千空のすぐ隣に横になる。暖を取るということは、つまり、これ以上に接近しなければならないというわけである。

「いやこれどうすんの千空」

横には仰向けの千空。来いなどと言っておきながら動く気はないらしい。

「変なとこ触ったら落とす」
「喧嘩売ってる?」

千空が背中でも向けてくれたらまだやりやすいのに。別に抱きつこうってわけじゃない。背中同士をくっつけてやりすごそうと思っただけだ。

「焚き火の音って癒しの効果があるらしいね、本当かな」
「あー1/fゆらぎな」
「エフ……?千空が言うなら都市伝説じゃないってことか」
「なんだと思ってたんだよ」

だって別に、今焚き火の弾ける音を聞いてても一向に眠くなんてならないし。

「大自然の力みたいな」

もしかしたら千空に難解な科学の話でもしてもらった方が効果があったりして。ただそれだと彼が休めないので言うまでもなく却下である。

「雨や風の音なんかもその類いで、要は不規則な音だったり模様だったりそういうモンが作用してるっつう話だ。これが案外、人間サマにも出せたりする」
「ふぅん。そうなの」

周波数が反比例とかどうとか、聞いただけで拒否反応が出そうな単語が更に聞こえてくる。さっきまで眠くて不機嫌だったくせに今は少しだけ楽しそうだ。

「声とか心拍がそうだ」

そうなんだ。眠れない時に自分の心臓の音が聞こえると、とてつもない不安に襲われるけど。

「もしかして自分のじゃダメなのかな」
「あ?」
「千空。ちょっと実験してみたいことがある」

私が再び体を起こすと、千空は顔を思い切りひきつらせた。妙に勘の良い男だ。



「さーてここで問題です、人間の頭は一体何キロあるでしょうか」

感情を全て殺したみたいな、見事な棒読みである。
これはあくまで私の睡眠に関する実験。
こじつけと言われたらそれまでだけど、暖も取れるし千空から私に何かをするわけではない。彼のメンツも多少は保たれるということで、私は今千空の胸を枕にしている。

「さぁ、5キロくらい?」
「テメーが50キロなら正解だ。やるじゃねえか」
「褒められた気がしない」

収まりが悪いな。頭をずらすと千空が「動くんじゃねえ」と文句を言う。互いに下心が1ミリもないと分かっているからとはいえ、よくもまぁここまで許可してくれたものだ。
さっきの千空の話によると、私の耳の下で動いている千空の心臓の音にもどうやら癒しの効果があるらしい。喋るたびに響く声や、呼吸するたびに控えめに上下する胸も、きっとそうだ。

「眠れそう?」
「テメーは自分の心配だけしてろ」
「……今日はごめん。色々」

人と関わりがなければ、自分が動いたせいでかかる迷惑自体は減る。しかしそうもいかなくなってしまったので、以前より謝ることが増えた。夜眠れないぶん、昼間に寝ていた生活にはもう戻れないだろう。

「道が塞がってたのは名前のせいじゃねえよ。寧ろ迂回ルートがすぐ出て来たのは100億満点だ」
「でも結局野宿だし」
「ルート変えた時点で想定済みだっつの。んなことより歩いてる途中で突然消えんのだけはもうやめろ」

道を踏み外して滑落した時の話をされている。足を軽く捻っただけで済んだが、落ちた場所が悪ければあわや大惨事になるところだった。
他人の足引っ張るくらいなら引きこもってた方がマシで、それでも動くなら何か身になることのひとつやふたつでもしないと。気が付くと、柄にもなくそんなことばかり考えてしまっている。

「あの、」

私、皆が動いてるのに寝てばっかりだったし、せっかく仕事をもらってもそんなに役立たないし、誰かに引っ張ってもらわないと歩けないし、教えてもらわないと何にも分からないようなどうしようもない人だけど。
何千年も前からずっとずっと誰かに聞きたくて、ついぞ誰にも言えなかったこと。千空は答えてくれるだろうか。くだらねえこと聞くなと弾かれるだけかも。
そんな私の考えをよそに、千空からはもう返事のような唸り声のような、もはや言葉にならない言葉しか返ってこない。
なんだかもう、彼がなんと答えようとどうでも良くなってきた。だって今、ものすごく温かいのだ。

「……余計なこと、考えんな。眠れなくても、今日はもう心臓だけ動かしとけ。そんだけで良い」
「いいの、本当に、それだけ?……明日も?」
「あぁ」

千空はただ、もう返事をするのが面倒だったのかもしれない。意味を咀嚼する前に流しただけ。それでも構わないと思ってしまった理由なんて私には分からない。
こうして千空の心音を聞いているうちに少しずつ引っ張られていく。

「千空、私……」

体の中心から、ズッと奥に吸い込まれていくような不思議な感覚。久々に味わうそれに、とにかく身を委ねてしまいたい。

……私、ここにいても良いのかな。

ゆっくりと目を閉じて、全身の力を抜く。
明日のことは、明日考えれば良い。この人と一緒に。



2021.6.13


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